サッカー日本代表に思う事

昨日は5時に起きて、サッカー日本代表グループリーグ最終戦、日本対コロンビア戦を観戦しました。

結果は残念ながら1-4の完敗で、日本はGS敗退になりました。

メルマガでも書いたんですが、日本代表に対する考え方について思う事があるので書いていきます。

スポンサーリンク

サッカー日本代表、または選手たちをやたらと「批判」する人がいます。

本田選手に「口だけ」とか「優勝なんてムリだろ」としか言う事の出来ない人間。

僕は今でこそ、不可能なんてないと思えているので、そのような人は正直嫌いなのですが、かつては僕もそのような人間だったと思います。

昨日、中島弘規さんがFacebookで「傍観者も被害者」という書き込みをされていました。その書き込みを私なりに整理してみます。

人は自分が欲しいものを持っている人間を攻撃する

やたらと批判したりする人たちというのは、実はその相手のことを羨ましがっている。

自分には出来ない事をしている人を見ると批判する。

本田選手みたいに、夢を堂々と語れない、バカみたいだけど素敵な目標を掲げられない人が本田選手をたたく。

そして、敗退という結果を見たら大喜びして「ほら見たことか、俺が正しかった」とここぞとばかりに評論家気取りで批判する。

成績の悪い人が、成績の良い人をねたむ。

貧乏な人が、お金持ちの人をねたむ。

人が誰かをねたむときは、それを欲しがっている証拠。

人は自分がどうでもいいこと、人に対して悪口とかねたみとか批判とかしません。

自分が欲しいと思っているけど持ってないもの、したいけど出来ない事に対して反応します。

私自身を振り返った時、私が羨ましがったりむかつく!とか思う事って、本当は私自身が欲しているものなんですよね。

挑戦したことのない人、出来ない人、自分を認めない人、自分の才能を信じられない人、自分を愛せない人が本田選手および日本代表をたたく

昨日は5時に起きて、サッカー日本代表グループリーグ最終戦、日本対コロンビア戦を観戦しました。

結果は残念ながら1-4の完敗で、日本はGS敗退になりました。

メルマガでも書いたんですが、日本代表に対する考え方について思う事があるので書いていきます。

サッカー日本代表、または選手たちをやたらと「批判」する人がいます。

本田選手に「口だけ」とか「優勝なんてムリだろ」としか言う事の出来ない人間。

僕は今でこそ、不可能なんてないと思えているので、そのような人は正直嫌いなのですが、かつては僕もそのような人間だったと思います。

昨日、中島弘規さんがFacebookで「傍観者も被害者」という書き込みをされていました。その書き込みを私なりに整理してみます。

人は自分が欲しいものを持っている人間を攻撃する

やたらと批判したりする人たちというのは、実はその相手のことを羨ましがっている。

自分には出来ない事をしている人を見ると批判する。

本田選手みたいに、夢を堂々と語れない、バカみたいだけど素敵な目標を掲げられない人が本田選手をたたく。

そして、敗退という結果を見たら大喜びして「ほら見たことか、俺が正しかった」とここぞとばかりに評論家気取りで批判する。

成績の悪い人が、成績の良い人をねたむ。

貧乏な人が、お金持ちの人をねたむ。

人が誰かをねたむときは、それを欲しがっている証拠。

人は自分がどうでもいいこと、人に対して悪口とかねたみとか批判とかしません。

自分が欲しいと思っているけど持ってないもの、したいけど出来ない事に対して反応します。

私自身を振り返った時、私が羨ましがったりむかつく!とか思う事って、本当は私自身が欲しているものなんですよね。

挑戦したことのない人、出来ない人、自分を認めない人、自分の才能を信じられない人、自分を愛せない人が本田選手および日本代表をたたく

この見出しの通りだと思うのですが、チャレンジしない人がチャレンジする人を攻撃するんですよね。

逆に、チャレンジする人はウダウダ偉そうなこと言わずにただ応援する。

サッカー日本代表に対する態度って、たとえば親が子供に対する態度と似ていると思うんですよね。

チャレンジしたことのない親、チャレンジしてない親は、子供のチャレンジを応援しません。

ひどい場合になると、子供の夢やチャレンジの邪魔をします。

全て自分の思うとおりにさせる。自分の敷いたレールを引かせる。

自分が欲しかったもの、コンプレックスを子供に押し付ける。例えば学歴とか、安定した仕事とか、権威ある仕事とか。

例えば大学も親が決めて、卒業後の職業も親が決める、というケースもあります。

そろそろ自分の人生のプレイヤーになろう

自分の望む通りの人生を生きたいなら、周りからただ見ているのではなく、自分がフィールドに立って戦わなければなりません。

観客席にいる間は安全です。負けることもないし批判されることもない。

遠くから自分の好き放題に言うだけ。でもそれだと楽しくないと思っている自分がどこかにいるかもしれません。

そういう気付きを得られたなら、殻を破ってフィールドに立ってほしいと思います。

別に被害者、傍観者、反応的な自分が悪いわけじゃない。そんな自分がいたってもいい。でも認めてあげてほしい

ここまで書いたのを読むと、批判する人が完全に悪い!と言いたいのかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

別にいいんです。傍観者になっても。そんなときもある。

でも、ずっとそれだとちょっとよくないかもしれませんね。自分も嫌だと感じたら変わる勇気を持ってほしい。

私も、たまには反応的になります。いらっとして誰かを批判したくなる時もあります。

そういう時は、「あ、自分いま被害者になってんなー」と心の中で呟いて、そのことを認めることにしています。

別に、「直さなきゃ」とか「自分ダメだ」と思う事はないです。思わない方がいいかなと今は思ってます。

ただ認めるだけ、自分の中のエゴに気付くだけ。あとは、自分に任せます。改めたいという気持ちが出てくるかどうか。

潤さんのプログラムを受けてからの約3か月、少しずつそういう考え方が出来るようになってきました。

僕自身もすごく成長しているのが実感できます。

今日のブログを読んで、何言っているのかちょっとわからないとか、なんとなくわかるようでわからない、といった人はぜひメールください。

参考になったらぜひシェアしてね!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。